は〜、何よアイツ、偉そうにしちゃって。ほんとムカつくんだから。 って違う違う、まずは自己紹介よね。ボンジュールムシュー、私は佐野パリ子。白人へのルサンチマンを拗らせたせいで外国人どころか人類を嫌いになってしまったパティシエのパパと、25年間マカロンだけを食べ続けているせいで皮膚の構造がアルマジロに近づいているママの間に生まれた、フランスに憧れパリに恋して育った23歳の大学院生!いろんなバイトでコツコツお金を貯めて、つい今朝、長年の夢だったフランス移住を達成したの!天にも昇る気持ちを抱えながら住民登録のためパリ市庁舎に来てるわけだけど、そこでちょっとしたトラブルがあって今怒ってたってわけ。この気持ちで一句詠むとすると「やんなっちゃう!お役所対応 プンスカプン」って感じかな。 さっき何があったか説明するね。ルンルン気分で市役所に入って、転居届の窓口に専用の用紙を提出したらいきなり「「「「ハンコをお願いします!!」」」」ってものすっごい大声で言われたの。そんな大声出してどうするの、やまびこやるんじゃないんだから。私は心の中で「大声で 鼓膜ちぎれるわい やまびこかい」ってツッコミ一句を詠んで、ちょっと字余りだったかなってオチャメな顔なんかしたりして(笑)。そして私は「拇印でお願いします」って言いながら右手の親指を朱肉に押し付けたの。この話を聞いたみんなは「おいおい、住民登録に拇印なんておかしいだろ!」って風流の欠片もないツッコミをしてるだろうけど、ノンノンムシュー、早とちりは良くないぞ。これには私のちょっと変わった生い立ちが関係しているの。 普通の子供として生きてきた私は、ママと違ってマカロン以外のいろんな食材をバランスよく食べてきたの。でも人生っていうのは往々にして単純じゃないわ。一見して色んな食品を食べてきたように見える私は、その実、マカロンを肥料に育てられた農作物と、マカロンのみを食べて育った動物の肉、およびこれらの動植物を餌とする動物の肉だけを食べて育っていたの。結果的に生物濃縮で極大量のマカロンを食べて育ったことになる私の皮膚は、ママ以上に、いや、アルマジロ以上にアルマジロそのもの!!毛穴とか汗腺とか皮膚のあらゆる構造がバグり倒してて、かかりつけの皮膚科医が私のためだけに獣医の資格も取得するハメになったけど、悪いことばっかりじゃないの。24年前、私がママのお腹にいた頃にへその緒からマカロンに100%由来する血液が送られてきてたせいらしいんだけど、私の指という指は全部異常な発生をしてて、右手の小指から親指にかけて「佐野」「パ」「リ」「子」「佐野パリ子」っていう文字がそれぞれ鏡文字になって指紋に刻まれてるの。左手の小指から親指にかけては「大日本帝国」「強き國の復興」「燃えろ欧米火の海だ」「パリ子はパパ以外の男と結婚しません」「パパの愛を忘れないでね」って刻まれてるけど、こっちの模様に関して詳しく話そうとすると公安警察などなどいろんな組織のお世話になっちゃうから割愛。とにかく、私の右手の親指は印鑑の替わりになるわけで、私はそうやって暮らしてきたの。 話は元の場面に戻って、「拇印でお願いします」って言った私が右手の親指を朱肉に押し付けてドッグフードを押し潰す妄想をしていたら、例の窓口の所員が「「「「ボインってオッパイですか?!ふざけるな!!」」」」って怒ってきたの。もちろん今回もものすごい大声で聴覚の許容範囲を超えてきたから、さっきより声を荒げてるかどうかはよくわかんなかったけど、所員の顔はパリジャンに相応しくないほどの仏頂面だったわ。あ、でも仏頂面の仏はフランスの「仏」だから、ここで一句、「彼こそが ホントのパリジャン なのかもね」(笑)。なんて冗談一句はさておき、パリでは拇印が知られてないのかなって思ったから「私の指紋はハンコになってるんですよ、これでいいですか?」って両手を見せながら聞いたわけ。そしたら所員の仏頂面が緩んで、コンコルド広場の伝書鳩がスモークナッツライフルで狙撃されたような顔をしたと思うと、瞬く間に背筋のような鬼面に変化して、「「「「実印以外受け付けません!!!」」」」ってまたやまびこボイスで叫ばれちゃった。さっきより大声だったみたいで左の鼓膜が爆ぜちゃったし、私を人間以下の存在を見るような目で見てきたし、拷問部屋みたいな空気に耐えかねて市庁舎から出てきて、それで今に至るってわけ。何よアイツ、こんなの人種差別よ人種差別。パパが外国人嫌いになった理由もちょっとわかるかも。こっちの立場が弱いとわかったら大声出しちゃって、そんなに大きい声で言わなくても聞こえるし、こんな平野じゃやまびこは返ってこないし、もし遠くの山にあたって返ってくるとしても何百秒もかかりますよーっだ!ほんとムカつく。あ〜あ、いくら憧れの地だとしても、こういう時に頼れる人がいないのはちょっと辛いなあ。私にも仲良くて頼れる相手がいたらなあ、ほら、あそこのカップルみたいに。あっ、目が合っちゃった。(急いで建物の陰に隠れる) ハァッハァッ…なんでだろう、目が合った時すごい怖かったな。やっぱり外国人と日本人は仲良くできないのかな。[[[大日本帝国を復興し大東亜共栄圏に世界の覇権を握らせしためにお前はその生命を授かったのだ]]] 違う違う、怖い思いしたからついついパパの言葉を思い出しちゃった。さっき怒鳴られたせいで過敏になっちゃってるだけで、私に酷いことをする人ばっかりじゃないんだから。あのカップルだって優しい人だよきっと。(カップルの様子を覗き込む)
「今からさ、ニトリでソファ選ばない?」 「二人寝られるベッドも買おう」
(建物の陰に戻る)ほら、私の悪口なんか言ってない。二人で同棲の相談をしてるみたい。パリで恋人と二人暮らしか、いいなあ。私も恋愛とかしてみたかったなあ、いやいや、私に恋人なんて作れるわけないか(笑) でもうらやましいな、「二人寝られるベッドも買おう」だなんて…ってちょっと待って!!あのカップルひょっとして!!(カップルの様子を覗き込む)
「ていうかさ、今日の夕飯何にする?」 「ケバブ屋寄ってケバブ買おうよ」
(建物の陰に戻る)やっぱりだ、あの二人の会話、片方が上の句を言うともう片方が下の句を返す形で成立してる!!なによなによ、私が誰にも吐き出せない心の内を川柳の形に昇華してる一方で、あの二人には上の句を言うと下の句をつけ足してくれる、心情をリズムよく共有できる相手がいるってわけ?あの二人にとって七五調はあくまでコミュニケーションツールであって、二人が互いに互いを幸せにしてるってこと?!あ〜あ、パリに来たらどんな問題も解決して幸せになれると思ったのに、結局私は遠くの光明にすがっていただけ。異国の地に来たところでひとりぼっちじゃ幸せになんかなれないんだね。パパとママが待つ家に帰るしかないのかな。(肩を落とす) なんか悲しくなっちゃったな。(頭を壁に軽く打ち付ける) ここで泣き言一句、「独り身が パリで寂しく うなだれる」(ひやり冷たい市庁舎の壁)
…ちょっと待ってちょっと待って!!今(ひやり冷たい市庁舎の壁)って、私が「独り身がパリで寂しくうなだれる」って一句を詠んだ後に「(ひやり冷たい市庁舎の壁)」って、これひょっとして下の句になってるんじゃないの!?!?こんなこと、こんな奇跡ある?!?!私泣きそう、やっぱりパリって最高ね。独りで575を呟くだけの私に、優しく77を添えてくれるなんて。やっぱり私ここに来て良かったわ!ここで歓喜の一句、「やっぱりね パリにきたのね 最高ね」(ひやり冷たい市庁舎の壁)
ほらほらほらほら、私がどんな一句を詠んだとしても、市庁舎のひんやりした白い壁が受け入れてくれるわ!こんなの初めて!!このこのこの、壁のくせに生意気だぞぉ〜 ウリウリ〜 なんてしちゃったりして(笑)。 あれ?この壁よく見ると何か書いてある、えーっと、" g u h i r b "? かすれてて読みにくいな、もっと近づかないと、えーっと、 " g i f u h i r o b a "、「ギフヒロバ」…………「岐阜広場」!?!??? うそ、ここはパリよね、なんで岐阜広場が、嘘よ嘘、嘘に決まってる、もう一回落ち着いて読もう、えっと、" g i f u h i r o b a "…………「岐阜広場」!!!?!! なによこれ、やっとパリに来たと思ったのに、せっかく高山市を抜け出したと思ったのに、どうして私は今岐阜広場にいるの!?!なんでよなんでよ、なんで県南部に引っ越しただけなの、どうして岐阜広場に、あ、でも正式名称はひらがなで「ぎふひろば」か、いやそんなこと考えてる場合じゃないわ、なんで、なんでよ、この日を夢見てたのに!!パリ移住資金を貯めるために、ボーリングのピンに向かって全速力で突っ込んだり、秋祭りで調子乗った子供たちにエアガンで打たれたり、牢屋の中で裸で生活して老若男女に監視されて下唇を噛んで耐えるさまを水彩画の題材にされたり、パパが紹介してくれた屈辱的かつ非人道的なバイトを何個も掛け持ちして、涙をこらえながら過ごしてきたのに!!!!嘘よ、どうして、眩暈がしてきた、苦しい、なんで、わたし、、、ショックで意識、薄れ、、結局こうな、、、パ、許し、くださ、、、こういうとき、こそ、、一句、、、詠まないと、、、「パリの夢 はかなく、散り、、、、し、、、、、、、
(ぎふひろば意識不明の佐野パリ子) (ひやり冷たい市庁舎の壁)
ズルリ…
(ぎふひろば意識不明の佐野パリ子) (ひやり冷たい敷石の道)
…ヒラリ
(ぎふひろば意識不明の佐野パリ子) (ひやり舞い落つひとひらの雪)
フワリ フワリ
(ぎふひろばパリ子に積もる初雪は) (白き「「「「ハンコをお願いします!!!」」」」
「「「「ボインってオッパイですか?!ふざけるな!!」」」」 「「「「実印以外受け付けません!!!」」」」
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"木枯らしの吹き敷く濃尾平野こそ 所員の叫びこだましにけれ" ――佐野ルサンチ男 獄中歌集「パリ子 娘として育てられたアルマジロ」より抜粋 |