「バトルマスターは戦いのスペシャリスト、賢者は魔法のスペシャリスト、遊び人は・・・」テレビからはコンセプト強めのCMが流れている。今どき珍しいことだ。子どもたちが協力して経営している企業なのかもしれない。手首に水色のゴムをつけ、前面に何か文字が書いてあるグレーの綿のワンピースを着た女の子の社長、貸借対照表を見ている髪の長い女の子の社長の顔を、福岡ソフトバンクホークスの帽子を被り、同じく何か文字が書かれている白いTシャツに青いショートパンツを履いた背の低い男の子が、至近距離で見つめているのかもしれない。その企業はたぶんうまくいかない。子どもたちだけでやるビジネスがうまくいくわけないから。子どもたちはパニックになり口論をはじめるだろう。「やーめた」こらえ性のないむかつく顔をした男の子が言う。「やめたってなに。やめるとかそういうことじゃないでしょう。」女の子の社長が男の子の顔を正面から見据える。ワンピースには汗がにじんでいる。「家帰ってアイス食うわ」家に帰ってアイスを食べると主張した男の子は、そのまま背中を向け公民館の会議室から出て行ってしまった。「俺もやーめた」「俺もー」「ごめん私もちょっと、宿題とかやばいし」「お前顔に眼鏡あるぜ」ビルが崩れるみたいに次々と友達たちが部屋を飛び出していく。冷房の効いた室内に、女の子の社長ひとりがぽつんと残される。女の子はうつむき、長机に放置されたハッピーターンの袋を手でいじりながら、先ほどまでのやりとりを反芻する。みんなは反対したけど私は「おいしいたこ焼き」でいいと思うな。こういうのはシンプルなのがいいのよ。「オイしいたこ焼き」のほうがいいんじゃないかって言ってきた奴がいたけどあいつは服が臭いし論外、眼鏡をかけていることを顔に眼鏡があると表現したあの棒も許さない。なんなの私だって宿題しなきゃいけないよ。感情が乱れ、いたたまれなさに憎悪が積もっていく。夏休み前にはあんなに盛り上がってたのに。みんなで1億円稼ごうって言ったじゃない。しんと静まり返った部屋からは蝉の鳴き声や、どこか遠くの方で鳴っている重機のような音が聞こえる。あと「布団だ布団だ布団だ布団だ布団だ布団だ布団だー」という声も聞こえる。袋のオレンジが涙でにじんできた。いいわ、私ひとりでも成功させてやるんだから。女の子はかゆくなったので足を掻き、強がるように口笛を吹きながら、黒板にぎょうざの満州の女の子の絵をかいた。・・・・ ぎょうざの満州の女の子の名前はランちゃんというらしい。私はぎょうざの満州に二回行ったことがあるけど、ランちゃんは二回ともドア上で笑っていた。ランちゃんの職業意識、ひたむきなランちゃん。なによりランちゃんはとてもかわいい。私は化粧や洋服で飾った美しさよりも、ランちゃんのようにとても大変だけれど、それでも前を向いて頑張る人間の生命力がそのまま溢れてしまったような、はつらつとした美しさがいいと思う。だから周りのみんなが化粧とかしてても、私は自分の考えがあるからしない。あんまりお小遣いがもらえないからっていうのもあるけどね。ああランちゃんが友達ならよかった。ランちゃんとふたりならきっと全部うまくいくのに。・・・・ そのまま脳内のトピックは様々な方向にシフトしていき、とりとめのない考えにぼうっとしていると、いつのまにか会議室には西日が射してきている。エアコンも部屋の電気も、気づかないうちに切られていた。女の子の頭にはスイミングのバスのことがよぎる。女の子は、ランちゃんの下のほうに書いた意味のない線の集合を消し、そのスペースに、変な日本語のランちゃんのセリフを吹き出しとともに加え、急いで家に向かった。 「ワタシはキリンのスペシャリストじゃ」 |