また工場が爆発した。 わたしと付き合っていた工場が爆発するのは、これで三度目。
ただ幸せになりたいだけなのに、わたしは工場の爆発を止めることができない。
ただ一緒に幸せになりたいだけ、わたしのそれが他の人のそれと比べて少し重たいってことに気づいたのは二棟目の、エレベーター工場が爆発した時だった。 口数は決して多くないけど嘘をつくこともなかった彼は、わたしの愛情表現をそれ以上受け止められないと正直に告げて、爆発した。それはとても静かで、同時に彼らが織り成す夜景を思い起こさせるような、とても綺麗な爆発だった。 普段から正確に動くように求められていることへの反動なのか、彼は車の運転が少し荒いところがあって、無機質とさえ言っていいような彼に時折見るその暴力にも似た何かが、わたしにはとても愛おしく感じられたことを覚えている。わたしは一棟の工場を真剣に心の底から愛することができるんだ、と感じせてくれたのが彼だった。 いつもあまり文句をこぼさず稼働していた彼の爆発は、わたしが知っているおとなしいけれどたまに乱暴な彼を象徴するように美しくて、その時わたしは彼を信じていてよかったと思えたし、彼を信じていたからこそ涙は何日も流れ続けた。
最初にお付き合いをしたアスパラガスの缶詰の工場は、もう本当にどうしようもない工場だった。何をしているのか分からないくせにプライドが高くて、お金にも時間にもだらしなかった。彼はわたしから借りたお金でわたしをディズニーランドに連れて行ったこともある。それでよく工場が務まるものだなと不思議に思っていたが、その頃はわたしだって工場のことをよく分かっていなかったので結局のところそんなことはどうだってよかったし、そんなことはどうだってよくなるほどには彼のことが好きだった。工場の近くでそんなことをするのは危ないと嫌がっていたわたしは、気づけば彼と同じ銘柄の煙草を吸うようになっていた。 高校を出て服飾系の専門学校に通っていたけれど友達が作れず、学校生活と将来のことをぼんやり不安に思いながら鉄鋼団地を適当に歩いていたわたしに彼が突然声をかけてきた日のことを、わたしは今でも思い出すことができる。専門学校ですら友達を作れないわたしが異性からモテるというようなことは当然なく、そんなわたしにどうして彼が声をかけてくれたのかは最後まで分からなかったけれど、そんなよく分からない彼に振り回されながら、わたしは自分のことを以前より大事にできるようになったんだと思う。 そんな彼だから爆発した理由もわたしにはよく分からない。アスパラガスだけではどうにもならないとか全く新しい工場になりたいとか、そんなことを断片的に聞いていたような気はするけどそのどれもがわたしにはピンと来なかったし、彼は最後までヘラヘラとだらしなく振る舞ってはいたけれどもしかすると本当の原因はわたしにあったのかもしれない。 専門学校が長期の休みに入っていたわたしは帰省先の実家で彼の爆発を知り、アスパラガスは白いものだけを扱っていたということはもっと後になってから知った。どんなにだらしなくても初めてお付き合いした工場だからとても好きだったし、だからこそ彼を失ったショックも大きかった。しかしそれ以上に、彼が扱っていたアスパラガスの色さえ知らないような自分を悔しいと思った。そんなことだからきっと、二棟目のエレベーターの彼には自分で気づけないほど執着してしまったんだと思う。
ジャム工場と付き合った理由はよく覚えていない。エレベーター工場の彼が爆発したことをようやく受け入れられるようになった頃、わたしはもう工場と付き合うことしか考えられなくなっていた。わたしの愛は工場を傷つけるし爆発もさせるが、それでも幸せになれるような相手をわたしは探していた。何よりわたしだって傷ついていたのだし、それを癒すために工場と付き合う権利がわたしにはあると思っていた。その頃は学校を休んでふらふらと遊ぶようになっていたから、酒なのか性欲なのかそれ以外の何かなのか、騙されたのか騙したのか、どういった流れでそうなったのか思い出せないし今となってはどうだっていいけど、とにかくジャム工場とわたしは一緒にいるようになっていた。 年下の彼は名前のわりにさっぱりとした工場だったのだけれど、お互い理由を覚えていないのに一緒にいるくらいだからなのか、最初から遠慮することなく依存するわたしのことを受け入れてくれたし、だんだんと彼も同じくらいわたしに依存してくれるようになった。わたしは初めて工場と愛で繋がることができたと思ったし、こんなに甘やかしてくれる彼とこのまま幸せになれるんだったら、手段を選ばないで彼の人生をわたしのものにしてもいいと思うようになっていた。瓶のフタを本当は開けられるのに開けられないから開けてと言って駄々をこねるわたしを彼は一度も拒まなかったし、ジャムの瓶を開けるときだけ ”内側” からやっていたのは意味が分からなかったけれど、わたしのことで彼が楽しそうにしているんだったら意味なんかはどうでもよかった。
そんな彼の爆発は急だった。いつもと変わらないデートをして、セックスのことはいつもよく覚えていないけれど多分いつもと変わらないようなセックスをして、いつもと同じ場所で姿が見えなくなるまで彼を見送ったあと、ジャム工場が爆発したとしか思えないような音を聞いた。
遠くにサイレンの音を感じながら煙草に火を点ける。涙は止まらない。 こんな朝だか夜だか分からない時間に見上げる空は久しぶりだったが、少し工場が減った街では月も星も綺麗に見えるような気がした。 |