何もかもうまくいかなかった誘拐犯「遠くの空に雷鳴が轟き始めた夕暮れに、それは産まれた。いつもは濃いグレーに少しだけ怯えを宿した澄んだ瞳が、夕闇の中でわずかに光ったように見えた。ボク、ケロちゃん。それは言った。冗談を言うことなど無かったから、何が起きたのか分からなかった。そしてそれと目が合った。瞬間、自分の中にはっきりと形を持った石のような塊があるのを感じた。あまりにも明確な恐怖だった。そこにいるのは、私が誘拐した9歳の少年ではなかった。ボク、ケロちゃん。ボクの言うこと、聞いてください。雷鳴は少しずつ近づいていて、空の瞬きは車の中にも届いていた。ボクの言うこと、聞けますか?圧倒的な声。こんな声を私は聞いたことが無かった。神のようでも、悪魔のようでもあり、美しくすらある声。私は弱々しく頷いた。頷くしかなかった。許されたかった。ケイサツに電話してください。雷鳴はすぐ上空に来ていた。光と音が車を揺さぶっているようだった。私は110番を押し、携帯電話を耳に押し当てた。ミスは許されないように感じた。呼び出し音を聞きながら、恐る恐るそれを見た。その目は真っすぐに私を見つめていた。途方もなく全てを見透かしたような眼差し。はい、110番です。何がありましたか?涙が溢れていた。私は叫ぶように言った。たすけてください」 |