轢いてしまったぐったりしたワンコロを抱えドアを開けると、奥から赤く透明なケースを両の手でしっかりと握る女が出てきた。四十前後か。化粧っ気がなく、目の下はデーゲームの野球選手のようだが、華奢なのが知性を感じさせるし、きれいではある。ぶっきらぼうにヘアゴムで纏めた髪も◎。ここの医師らしい。
女が重そうに持っていたのはMARUHANのドル箱だった。俺に気づいたのか、女は「たくさん出るからこれがいいの」とこぼしながら、持っていたドル箱を、床に何段も積まれたドル箱の上に、よいしょと重ねた。その中には薄い紫の玉がたんまりだ。
「なんだいこれは?」
「ガンコー」
俺のハテナを察したんだろう、すぐに「キ・ン・タ・マ。去勢した睾丸よ」と正し、『ご自由にどうぞ♪』と書かれた紙をドル箱に貼りつけた。
「持っていく人いんの?」という言葉が出かかったが、やめた。いたら、こんなに貯玉(たま)っているはずがない。代わりに「誰も貰わない時はどうすんの?」と訊ねると、「食べんの」と言って、女は二、三発、口に投げ入れ咀嚼した。見ていた俺のほうが吐いた。
ワンコロは間に合わず、そこで死んでしまったが、俺は女に惹かれ、用もないのに通うようになった。病院の名前は『レオニード動物病院』。女が好きな旧ソ連のヴァイオリン弾きにあやかり、名づけたと云う。興味があればググッてみてほしい。
入った時はヤバさを感じたが、いま、俺は幸せだ。睾丸も抵抗なくパクついている。人は変われるものなのよねん。
追記:女の次の休みに、保健所に行ってくる。轢いてしまったのと同じ犬種のワンコロがいるらしい。大事に育てるよ。 |