大喜利ドラフト会議2022
お題

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テレビ番組「世界の大富豪」でカットされたシーン
思えば子供の頃の僕は帰りの会が終わるとすぐ教室を飛び出しそのまま玩具屋の窓に張り付いてじたばたしていた、塵紙のような少年だった。そうして我楽多幾多の煌めきを目に受けた僕はガラスに反射した町を毎日夢中で爆発させていたのだ。地を砕き歩く怪獣に空を舞う翼竜たちが見慣れた家々を弾き潰してゆき、すぐ後ろを走るロボットや巨大な昆虫たちが知ってる人たちを撃ち喰らい殺してゆく、そんなことをずっと考えるのが好きだった。ヒーローや勇者は来ないのだ。ただ壊れゆくだけの世界を背後に感じ、目の前に思い描く、そんな妄想が唯一の楽しみだった。
その玩具屋は月火を休業日として取っており、最悪なことにシャッターをちゃんと閉めて休むところだった。そのため月曜と火曜はいつも決まってまっすぐに家の中へと入り込んで丸まる、チラシとしての僕だった。しかしお店が休んでも僕の夢想が休むことはない。くしゃくしゃになった僕の心は部屋に入るとすぐぴしゃりと床に広がって想像に町を襲わせ始める。お母さんからもらったカタログや拾ったポスターに閉じ込められた悪の軍団は僕が一目見るだけでぞわっと膨れ上がり、瞬く間に部屋の外へと溢れて出て行くのだ。そうすれば後はただ破壊の限りが尽くされる町に耽るだけである。一面を包む炎は悲鳴を燃料に更に高く燃え上がり、歪に積まれた崩壊ビルが町のあるべき姿を作り出してゆく。雷が落ちたっていい。ところが、いつもならただそれだけであるはずだったのだが、この時の僕は床に広げたチラシの継ぎ接ぎのその裏に、思い付いたかのように残骸の町を描き始めた。おそらくその日図工の時間に描いたキリンの絵が褒められたのがすごく嬉しかったからだろうと思う。その気持ちのまま彼ら魔物に蹂躙された風景を描いてみようとペンを取ったのだ。瓦礫の山に焼け落ちた森、悲しく立ち昇る黒煙に汚れた空が、マイネームを動かす程に増えてゆくのはとても楽しかった。外の騒音も、部屋が揺れるのも、顔が焼け足が溶けるのも気にしないで、無心で、ただただ手を動かしていた。そうして出来た色のない絵は最高に悲惨でむごたらしくて、僕の想像しうる最悪の景色が完璧に広がっていた。
キリンのときと同じように右下に自分の名前を書いてからベランダに出て絵を掲げてみると、落日に歪んだ赤い空にぴったりとくっついて絶景だった。町の終焉の中で聞く電車の擦れる音は怪人たちと人々の高く吼えているようで、渇いてゆく唇に渇いた唾の味、工場の匂いに震える背中と、感覚の全てが最高だった。すると突然その全てを貫いてゆくような風が強く吹き、僕が写したこの町の地図はどこか遠くへ飛んでいってしまった。その時は一瞬とても不安に駆られたが、今日は火曜日だったから、きっとあの玩具屋の窓に張り付いて明日までじたばたしているんだろうという自信というか、共感に近い気持ちですぐに安心した。それでも早く朝にしてやらないとかわいそうだと思い、まだ六時だったけど寝ることにした。お母さんはびっくりしてたけど、歯磨きを忘れてたことを教えてくれたあとおやすみねえと言ってくれた。
その夜は巨大なウサギにまたがって永遠に広がる砂漠を飛び回る夢を見た。十二時に起きて、そんな感じで風に乗り飛び回る地図のことを思い出しながら二度寝をしたら、浮き輪で海を浮いていたら縦に長い渦に吸い込まれて水に沈まないままグルグル回り落ち続ける悪夢を見てしまった。そんな悪夢による最悪な起床は、1時間半の寝坊だった。僕は先に玩具屋に寄りたいと言ったけどお母さんは間に合わないと言うからすぐに学校へ向かった。そしてずっと怖いままなにか難しいことがいっぱいあって帰りの会が終わるとすぐ教室を飛び出しそのまま玩具屋へと走った。僕が描いた町は大丈夫だろうか、カラスに破かれてるかも、ぐしゃぐしゃに踏まれていたらどうしよう、玩具屋の人に捨てられちゃってるかな、もっと風が吹いていてもうお店の近くになかったりしたらもうと、いろんな怖いことを考えながら必死で僕はぐにゃぐにゃに曲がった町を駆け抜けた。
商店街を切ったらこのあとすぐという曲がり角を越えると遠くに見える小さな玩具屋に段々と近づいて目を凝らしてゆくと、その真四角の窓にぴったりと張り付いた大きな夢のパッチワークが形になっていくのが目に入ってきた。僕の絵は完全に無事だった。完全に無事だったのが嬉しすぎて忘れてた、朝お母さんがお店に着いたらまずは最初に謝りなさいと言っていたことを思い出した。だからまずは最初にお店の中に入ってお店の人に謝ることにした。そういえば初めて入る中だった。扉にくっついた鈴が扉にくっつきすぎていて全然音が続いてなかったのが怖かったけど、窓のところには飾ってないような小さなアルミのトカゲ男や指人形らしきカマキリ怪人が箱いっぱいに詰まっていたり、逆に窓よりもずっと大きな怪獣のぬいぐるみがどしんと座っていたりしていてとても興奮した。入り口からレジまでの少し遠い道に並んだおもちゃをただ見て歩いているだけで、僕の頭の中は次に彼らが壊す町の喧騒で満たされてしまっていた。そんな調子で催想像性の毒煙の中を進みレジに着いた時にはすっかりぼーっとしていたらしく、謝りに来たはずだったのにお店の人の方から話しかけさせてしまった。
「こお小僧、嵐だ。見ろ町は終おわりだ。吹き飛んで無くなっちまった。ぼろぼろだよ。な。それなのに全部聞こえんだ。笑い声とかなんだ音楽が、小僧聞こえるか?幻聴ーじゃねえよな?おれ怖くて外出れねぇんだ。電話持ってるか?おい大丈夫かあ?」
はっと気づいた時お店の人はそんなことを言っていたと思う。おじさんだった。おじさんはぺちゃんこに潰れた目で僕をがーっと見ながらとても不安みたいな表情だった。おじさんなのにとても不安みたいな表情の人を初めて見たからなんだか気持ち悪かったしすごい怖くてドキドキしてしまった。僕はごめんなさいと謝った後あれは自分が描いた絵だということと、ベランダで離しちゃって飛んでいったから取りにきましたということを話して、またごめんなさいと謝った。そうしたらおじさんはすごくふにゃけた顔になって、ほよかはったはー。と言っていた。早く帰りたかった。そのあと少しラジオみたいな話を聞いて、最後にもう一度ごめんなさいと言ってすぐにお店を出ようとしたら、あれーお前が描いたんか。かっこいいな。いいい絵だな。と言ってくれた。これはとっても嬉しかった。
絵を持って家に帰るとお母さんがみかんをむいて待っていたので、一房だけもらって部屋に入った。噛むとなんだか苦いみかんだった気がする。それからはベッドの中でずっと考え事をしていた。いつもとは違い、文字と丸と線でぐちゃぐちゃになりながらずっと考えていたことがあった。おじさんは僕が描いた絵を、本当の町だと思って怖がっていた。このことが僕の頭の中に溢れて止まらなかった。今まではまるで塵紙だった僕の楽しみは今日、チラシをキャンバスに変え、そのキャンバスは地図となりおじさんにとっての世界を描き上げていたのだ。あの時のことを思い出しながら、あの時感じられなかったことを思い出してみると、こうやって絵というものの強い力をくっきりと感じることができたのがすごく気持ちよかったんだと思う。それも全くの僕が描いた絵が、実際に力強く人を動かしていたのがすごかった。人に褒められる絵でも、人に恐れられる絵でも、もしかしたら町を壊してしまうような絵だって、なんでも思い通りに描けるんだと思うともう虜だった。僕は絵を描くことが好きなんだと気づいたのだ。
それからは今まで玩具屋に寄っていた時間はすべて絵にあてられるようになり、怪獣が町を壊す妄想はほとんどしなくなった。というのも、おじさんが大人なのに不安な顔をしていたのを見て以来、怪獣が鳴くのを聞くたびにあの顔が浮かぶようになってしまったのだ。町の崩壊ではあんなのがいっぱい走ってるんだ、僕の知っている大人もあんな風に変わってしまうんだとあの顔の大群を想像すると、その全てが急激につまらないものになっていったのだった。おじさんのことが嫌いなわけじゃなくて、僕は絵を褒めてくれた時のふにゃけたおじさんの方が好きだから、もうおじさんに滅びゆく町を見て悲しんでなんてほしくないのだ。そんなことを考えながら僕はこの日も絵を描いていた。キリンの絵だ。絵を描くことを知った少年は、町の平和を願うようになったのだ。
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