ブランド品を買い漁る人は、見栄っ張りで自信家ではあるが、「私、高松塚古墳でおしっこをしたことがあるんです。昭和47年3月1日、奈良県明日香村高松塚古墳の発掘調査が開始されました。父が発掘調査隊のメンバーだった関係で、私はたまにお手伝いさせていただいておりました。壁画が発見されたのが3月21日。2ヶ月後の5月21日にこの発掘事業を推進してきた明日香村の観光課長Mさんが亡くなっております。Mさんは壁画の発見後から毎晩うなされており、そして21日、突然胸を押さえて、そのまま亡くなったそうです。その3ヶ月後の8月21日、村内在住のKさんという女性が原因不明の死を遂げています。Kさんは朝に全身が痛いと苦しみだし、2日後に他界しました、全身に紫色の痣ができていたそうです。彼女は古墳沿いに畑を持っていて鍬で地面を削ったところ、誤って古墳を傷つけてしまったのではないかと心配されておりました。Kさんが亡くなってちょうど1年後の8月21日、古墳発掘の資金集めに尽力していた自治会長が車に撥ねられて死亡しました。車のスピードはあまり出ていなかったのですが即死でした。その後も発掘の際に最初に鍬を入れたNさんが農薬で服毒自殺をしたり、色彩壁画の修復作業をしていた画家のWさんが交通事故で亡くなりました。私はそんな高松塚古墳でおしっこをしたことがあるんです。私は画家のWさんこと渡さんのことが好きでした。私はまだ学生で処女だったのですが、渡さんは30代半ばで、田舎で暮らす私にとって出会ったことのないタイプの男性でした。私の初恋は渡さんでした。私は父のお弁当を作るついでに渡さんのお弁当も作って持っていきました。「お前、俺のこと好きなのか?」私の頬は赤く染まりました。「お前、俺のこと好きならここでおしっこ出来るよな?」私は首を横に振りました。「好きじゃないならお弁当作ってこないでくれ」私は、好きだけどおしっこは出来ない、これからもお弁当を作りたい、ということを必死で伝えました。「俺にとって好きはおしっこが出来るかなんだ、お前は好きって言ってるだけだよ、誰かを好きだという自分が好きなんだよ、自分自信の前ではおしっこ出来るだろ、それはつまりお前はお前が好きなだけなんだ」私は、恥ずかしい、処女なのでそういうのはまだ早い、もし段階を経てくれるならそういうことに挑戦してみてもいい、そもそもおしっこは他人に見せるものではない、でも好き、ということを伝えました。「ふーん、まあいいけど」そう言って渡さんは壁画の修復作業を再開しました。まあいいけど、ってどういうことなんでしょう。どっちの意味のまあいいけど、なんでしょう、私がそんな事を考えているうちに壁画の色彩が蘇り、女子群像が生きてる女のように見えました。「俺は呪いとか信じないけど、おしっこは信じてるよ、この壁の中の女の子たちもおしっこしてるからね、この壁画はそうやって描かれてるし、俺はそれを汲み取って修復した、俺はここが誰の墓なのかは知らないけど、そいつとは気が合うと思うよ、埋葬品見たか?女が喜びそうな装飾具ばっかりだっただろ、自分のための埋葬品じゃなくておしっこのための埋葬品って感じだったよな」その日の夜、渡さんはエルメス社が所有するトラックに轢かれて亡くなりました。私は明け方に石室に忍び込みパンツを脱いでおしっこをしました。流れ出したおしっこは石櫃に辿り着き、それからは誰も死にませんでした。その後、私は処女なのに妊娠が発覚し、産むことにいたしました。」そう証言した女がいるんですけど、そのとき産んだ子と言う側面もある |