ガソリンスタンドはうそつきだ。 真実を隠そうとしてくる。 オーライオーライと言うが、何がオーライなのかは絶対に言わない。 前に進めばいいのか、バックすれば良いのか、それともおにぎりを食べれば良いのか、何をすれば良いのか不明瞭だ。
また、ティッシュプレゼントだとか宣伝しておいて、それが5ケースなのか一箱なのか明示されていたことが一度もない。 結局大抵はBOXティッシュ一箱なのだけれど、お母さんにティッシュ買ってきてと言われて一箱だけ買ってくる人がこの世界に何人いるのだろう。 経費をケチりたいのならいっそポケットティッシュにすればいいのに。ポケットティッシュにすればいいのに。
きわめつけは、ガソリンスタンドには声がでかくて明るい人しかいない。 「声が大きい」=「バカっぽい」=「素直そう、嘘つかなさそう」の法則を適用して、やたらでかい声で車検を進めてくる。その車検代が高い。 巧みに隠しているけどガソリンスタンドの車検にはバカを雇うがための非効率料、通称デカい声料が科せられている。 本当に嫌になるくらいガソリンスタンドはうそつきだ。 ほら、来た来た。 どうせまた頭悪そうな女がデカい声で車検勧めてくるよ、、、て、ケイコ?
私の知る限り、中2の夏までケイコは本当に明るかった。 いつも両手におにぎりを持って走りまわっていた。 東にいじめられている子がいれば大丈夫だよとおにぎりを振る舞い、西に悪いやつがいればおにぎりで殴ってボコボコにする。 そんな子だった。 小学校では、足の速い男子とおにぎりをいっぱい食べる女子がモテる。 小学校で築き上げたヒエラルキーを土台にしてケイコは中学になってもケイコ王国を築いていた。
虚弱体質な私はおにぎりも人間関係もモリモリ食べるケイコがうらやましかった。 給食でするめが出て食べられず困っている私に、本当に屈託のない笑顔で「臭いもんはうまい。だから私、たまにトイレでおにぎり食べたりするよ。するめも臭いからうまいの。ほら、食べてみそ。」そう言って人のするめに臭い口でキスしてそれを私の口に無理矢理突っ込んでくれた。 ケイコや周りの子には私が泣き出したように見えたかもしれないけど、私にとってアレは衝撃過ぎてキリスト教でいうところの洗礼を受けたみたいに、ただただ瞳孔が開いていただけなんだと思う。 事実、アレ以来私は少しずつ臭いものが美味しいと感じられるようになったし、食事も残さないようになったし、おかげでちょっぴり胸も大きくなった。
それからというもの私はケイコを目で追うようになっていた。 でもヒエラルキーのトップに君臨するケイコを目で追うという行為は本来ヒエラルキーの最下層の住人には許されるはずもない行為。 私はケイコに迷惑をかけてしまうのではないかと思い、3日でその新しいルーティーンを辞め、いつも通り机の模様とにらめっこするだけの日々に戻った。
だからだろうか、私はケイコの転校に気づくことができなかった。
ある日を境に、学校でケイコホッケーというゲームが流行り、ケイコのトレンドマークである両手のおにぎりが靴底ツルツルの上履きに変わったらしい。 机ばかり見ていた私は、小学校では足の速い男子とおにぎりをいっぱい食べる女子がモテるけど、中学になると、面白いゲームを考えた奴が人気者になるという吐き気のする真実に気づくことが出来なかった。
それから私は、どこにもぶつけることのできない大きな大きなこの心のモヤモヤを抱えて、恋心なのか、信仰心なのかわからないまま、高校入試やセンター試験、初デート、就活の面接、事あるごとに心の中でケイコの顔と言葉を思い出していた。 私はあの時のケイコの一言が無ければ死んでいた人間、何が起きても耐えられる…
だから頑張れた。
ケイコ。
やっと逢えた。
ても…こんな形で逢いたくは無かった。
ガソリンスタンドは資本主義に敗れた者達の吹き溜まり。 ヒエラルキーの最下層の者達が無い頭を絞り出して考えついたのが、小さなうそをいくつもつく事。 高い車検をふっかける事。
私のかけがえのないケイコが臭いオイルにまみれて外面も内面も汚されていくなんてどうしても耐えられない。
お願いだからでかい声で車検を勧めてこないで。お願い!!
そんな私の祈りとは裏腹に、車のガラスをドンドンと力強くノックする音。
恐る恐る開けたドアの隙間から差し出されたのは、ガソリンスタンドのツンとした嫌な臭いと、これでもかというほど大きなおにぎり。
「サービスです。」
ドアを開けた勢いで車内常備していた大量のするめが落ちて、本当に臭くて、二人とも笑った。
もしかしたらここはガソリンスタンドでは無かったのかもしれない。 |