国の名前 『袖(しゅう)』
『袖』のプロフィール ──天下泰平を極めんとする者、やがて萌え袖に至る──
砂塵吹き荒ぶ荒野を見下ろす丘の上に、ひとつの鎧が立っている。 おびただしい傷で覆われたその表面が鏡のように日光を照り返すことはないが、しかし兜の下からは、むき出しの槍の穂先のように鋭い切れ味を持った眼光が地平線へ向けられている。 その立ち姿はまるで、やがてこの地を飲み込まんとする戦乱の顔を、はるか遠くから見据えるかのようであった。
だが、この武人について真に瞠目すべき点はその手元にある。 鎧の両の肘から手首にかけた部分がガーリー系のゆるふわニットになっており、手の甲をそっと覆っている袖からは、柔らかそうな指と親指の爪の先が愛らしく覗いていた。
彼が『袖』の国を率いる君主であり、また萌え袖という真理に初めて辿り着いた人間でもある。
はるか昔、真の「強さ」とはすなわち未来への「可能性」であると考えた者たちがいた。可能性をその身に宿すために幼さと同調する手段こそが、カワイイであり萌え袖であったという。鎧に萌え袖という形態は強さを求めた果ての必然だったのだ。 今となっては知る者こそ少ないが、彼ら有志が集ってカワイイの啓蒙のために興した国こそが『袖』であり、後のPixivである。
鎧袖一触(がいしゅういっしょく)という四字熟語がある。今日では触れた者を容易く蹴散らすほど強いさまという意味で広まっているが、元々の起こりは萌え袖の鎧を見た敵が「えっなにかわいい……それちょっと触っていい……?」と口々に許可を求めた様子に由来している。
なお『袖』の武人は「いいよ〜」と散々触らせてやったそうだが、手の方をやたら触ってきたり強引な態度を取られた場合、萌え袖に仕込んだ暗器で眼を突いていた。Pixivのページがやたら見づらいのはこの故事が由来と言われる。
八つの国の覇権を賭けた争いが近づいている。 『袖』の国では猛将から智将までが口に手を当ててはわわ〜はわわ〜とやっているが勘違いしてはいけない、己を奮い立たせる為の演舞である。
萌え袖の民たちにとってかつてなく大きな戦となるが、死を恐れるものはひとりとしていない。 長い歴史の中では一瞬の命だとしても、彼らの手元のゆるやかながら鮮烈な愛らしさは語り継がれ、人々の心のやわらかい部分に永遠に刺さり続けることを知っているからだ。 |