ボケクエスト7
お題
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ミシュラン三ツ星のメガネ屋がやってるサービス
得点 作品
139
TOEIC5点 さんの作品

その日は、ただの気まぐれだった。
都会から田舎に引っ越して1ヶ月が過ぎ、変わらぬ風景に飽き飽きしていた僕は、バスを使って隣町へと足を伸ばした。
片道一時間。退屈で不快な揺れをごまかすかのように伸びをする。
まあ、半分は寝てたから、思ったより快適だったとも言える。
見知らぬ町を歩いていると、一つの看板が目に入った。
「命、救います。」
救急か何かの宣伝だろうか。
良く見てみると、その看板が置かれていたのは、眼鏡屋だった。
高野林眼鏡店。
外からは店内が見渡せない、木造の古臭いお店。
老舗の眼鏡店だろうか。だとしても、飾り気がないし、看板も理解できない。
用が無いのに眼鏡屋を覗くわけにもいかないので、スマホで調べてみることにした。

高野林眼鏡店 ★★★ 殿堂入り

理解しがたい情報が出てきた。
眼鏡で星が貰えるなんて聞いたことがない。
なんだ眼鏡の星って。星型眼鏡か。
もしかしたら、まかないが美味いとか?
そもそも宿泊施設なのでは?
そう思ったが、先程見た看板を思い出す。
命を救う眼鏡屋、確実にここにヒントがある、はず。
僕の心は、謎を解明するために動いていた。
気付けば、その木造の扉を叩いていた。
「やってますよ」
扉の奥から声がする。すこしかすれた、お爺さんの声だ。
恐る恐る扉を開けてみると、そこは、眼鏡屋だった。
そりゃ当然か。
「いらっしゃい。眼鏡、いるかい?」
背筋をピンと伸ばした、眼鏡をかけた老父が、カウンター越し、木の椅子に座っていた。
店主なのだろうか。顔はしわくちゃなのに、どこか若々しくも見える、不思議な人だった。
決して薄くなく、肩まで伸びきった白髪が、天井に吊るされた電球に照らされて、煌めいていた。
「眼鏡、見に来たんだろう?ほら、自慢の子達なんだ。」
紹介されたので、じっくりと商品を見る。
シンプルな眼鏡。黒を基調とした細いフレームの物が、いくつか並んでいる。
試しに、眼鏡を持ち上げてみる。
……凄い。凄いなんてもんじゃない。
軽すぎる。素人でも分かる。
風て飛んでいきそうな軽さだ。レンズがついていると思えない。
面白くなってきたので、眼鏡を試しにかけてみる。
……すごいかけ心地だ。全く顔から離れそうにない。
そして、良く見える。
視力は悪い方じゃないのに、さらに見えるようになった。
というか、これも素人でも分かる。
おかしい。なんで僕に度数が合う眼鏡を用意してあるのか。
これは、現実とかそういうレベルじゃなく、ヤバイ代物ではないのかと。
思わず逃げ出そうと後ずさりする僕に、店主が声をかけてきた。
「怖がらないで。眼鏡が逃げていくよ。」
離れていく?そう言われると、確かに、ピントが合わなくなって、フィット感が損なわれていく気がする。

「大丈夫、君に合う眼鏡は、これから用意するからね」

背後から声がする。店主が、いつの間にかそこにいた。
ゆっくりと、店主の手が、僕の目の前に伸びてくる。
怖くて、動けない。
そのまま僕の眼鏡に、手をかけて。

眼鏡を、外した。

「うーん、この子はすこし、甘えん坊なきらいがあるからね。慣れてない君には、まだ早いかな。」
そう言って、店主は、僕がかけていた眼鏡をゆっくりと撫でている。
──眼鏡に早いって概念があるんですか。
驚きやら安堵やら、さまざまな感情が器から飛び出したらしい。
店に入ってから数分、やっと僕は声を発することが出来た。
「ああ、眼鏡だって人を選ぶんだ。生きているからね。」
店主は、まだ眼鏡を撫でる手を止めない。
本当に、愛猫に向けるような、優しい顔で。
心なしか、眼鏡も喜んでいるような。
というか、明らかにフレームが垂れているような。
店主の腕にもたれ掛かるように、眼鏡のフレームが溶けていく。
安心している?眼鏡が。
生きている、というのは、比喩でもなんでもないのかもしれない。
──その、お聞きしたいのですが
「いいよ。他所の町から来た、旅人さん。」
何故だろう。全てが見透かされているように思えた。
この老人の前には、なにかを取り繕っても無駄に見えた。
──その、素敵ですね、ご主人の眼鏡。
だからかもしれない。胸からすっと言葉が出てきたのは。
「はは、そうだろう。私は、眼鏡と共に生きてきたからね。」
この店主について、眼鏡について、もっと知りたい。
こんな近くに未知の世界が広がっているなんて、思いもしなかったから。
──僕たちが知っている眼鏡と、何が違うんですか?
「そうだね、実は、眼鏡は生きているんだ。」
……なにも分からなかった。
「あー、つまりだね、この眼鏡はね、僕の手作りだけど、君たちの眼鏡と、何ら変わりはない。」
──でも、眼鏡は生きてませんよ?
「いいや、そんなことはないさ。全ての眼鏡が生きている。というか、全ての物は生きている。ただ、私が特別、眼鏡と仲良くなれるってだけさ。」
──それは、不思議ですね。
そう言うしかなかった。信じろと言われても、理解できないし、目の前の現象といくら向き合っても、不思議である、としか考えられなかった。
「ゆっくり、ゆっくりでいいから、慣れていけばいいさ。面白いって、興味を持ってくれてるのなら、なおさら。」
店主は、僕の好奇心を見透かしながら、優しく語りかけてくれる。
──僕は、眼鏡に対して生きてないと言いました。失礼だとか、そんな風に考えたりはしないんですか?
「しないさ。子供みたいにキラキラした目で見てくれてるんだ。君が悪い子じゃないことは分かるよ。」
どこまでも優しい人だ。話していて、どこか心地良い。
「さて、君は眼鏡をかけていないけど、眼鏡に好かれているらしい。ここに居ることが証拠だ。なんでも聞いて良いからね。」
では、お言葉に甘えるとしよう。

その後、店主、いや、高野林さんと長々と話しつつ、たくさんの眼鏡と触れあった。
高野林さんは、三十年ほど前に眼鏡をかけ始めて、外そうと思ったら、眼鏡がしがみついて外れてくれなかったらしい。それから、今の今までその眼鏡と一緒なんだとか。とんでもない甘えん坊というか、メンヘラというか……眼鏡のメンヘラだから、メガヘラ?
で、そこから眼鏡との触れあいを通して、自分で眼鏡を作ってみようと決心したみたい。
検査も会話も必要ない、眼鏡との信頼関係だけを大事にするお店、らしい。
今の僕には眼鏡が必要ないので、それを確かめるのは数年後かな、なんて話をしていたら、高野林さんが少し悲しそうにしていた。
ちょっと可愛そうになってきたので、なるべく早く、目を悪くしようかな。
そんな風に考えていたら、高野林さんは、急にイタズラを思い付いたようなにやけ顔を浮かべて、店の奥へと駆けていった。
なんか、僕よりよっぽど子供に見えるけどな。
しばらくして、木製のケースのようなものを持って戻ってきた。
「まあ、君のための眼鏡は、もう用意してあるけどね。」
そう言ってそのまま、ペラペラと僕の眼鏡について話し始めた。
「これは君の少し飽きやすいけど依存しがちな性格に合わせた眼鏡でね、心地よくフィットするけどそれだけ。視力も少し良くなるくらい。だいたい1.0くらいかな。それでね、忘れてたけどデザインについて話すね。結構太めの紫がかったフレームなんだけど、やっぱり濃くて太い色ってのは存在感が強くなってね、顔を邪魔しないタイプの眼鏡より君に合うと思うんだよ。服装も今度相談して良いかな?あ、眼鏡は箱を開けるまで眠ってるからね。今開けても良いんだよ?というか一度開けたら使い続けるだろうからね、さあ、開けてごらん?」
──……気が向いたら開けます。
危ない。普通に開けそうになった。
僕はまだ依存しないぞ。負けた気がするから。

気付けば、日が落ちる時間になっていたらしい。
窓がないので、店に飾られた振り子時計を見忘れると、とんでもないことになりそうだ。
隣町という点を除けば、最高のお店だった。
また来たいけど、もうそろそろ帰らなければと準備を始めた頃だった。
「そうだ、まだ看板について、お話ししてなかったね。」
忘れていた。命を救う眼鏡屋が気になったから来たのに。
──命、救いますって書かれてましたね。
「ああ。君の家にはないかな、大切な眼鏡。形見だったり、宝物だったり。大切な眼鏡を通して、記憶と対話するんだ。言っただろう?全ての眼鏡は同じだって。」
──それなら。
僕は、鞄をガサガサと漁って、一つのケースを取り出した。
──死んだ父の眼鏡が入った、ケースです。
僕が生まれてすぐに死んだ父。顔なんてほとんど覚えていないが、赤ん坊だった頃は、この父の眼鏡でよく遊んでいたらしい。
きっと、父も喜ぶだろうと持たされてから、今でもずっと持ち歩いている。
それを見た高野林さんは、ゆっくりとケースを開けた。
「ああ、なにも言わなくて良いよ。君が父をどれだけ大切にしたかは、眼鏡を見たら分かるよ。」
優しい顔で、父の眼鏡を撫でた。
「うん、ははは。どうやら、右のフレームをよくしゃぶってたみたいだね。面白いけど、ちょっと危ないかも。でも、君が眼鏡に好かれてる理由が分かったよ。こんなに一緒にいてくれてるんだから。」
知らず知らずの内に、眼鏡に愛される存在になっていたらしい。
でも、それくらい、生身の父に愛されたかったと少し考えてしまう。
「うんうん。これで動けるかな。君、隣に来て。」
呼ばれるがまま、高野林さんの隣に座る。
「ほら、お父さんがこうしたいんだって」
高野林さんは、僕の顔に、父の眼鏡をかけた。
父の眼鏡が、僕の顔を包み込む。
眼鏡をかけているだけなのに、抱き締められているみたいだ。
暖かい。
記憶に無いのに、父の顔が浮かんでくる。
涙が止まらなかった。
──ありがとう。ありがとう。ありがとう。
ただ、感謝するだけだった。



眼鏡は、生きている。
そんな馬鹿げた話を信じられない人へ、この話を送ります。
大切な人が見てきた世界を、眼鏡は一緒に見ているから。
眼鏡が見てきたものを、知ってほしいから。
眼鏡がどう生きてきたのかを、知ってほしいから。
そうして、もっと眼鏡を大切にしてほしいから。
僕は、これからも、高野林さんから貰った眼鏡を使い続けます。
新しい友達が、未来の子供達の大切な宝物になると信じて。

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